読書

16th 6月
2013
written by admin

「村上龍と坂本龍一 21世紀のEV.Cafe」という村上龍と坂本龍一の対談本を読んだ。この中には、20年前の二人の対談も残っているのだが、20年間で日本、というか日本人が抱えている前提が大きく変わったことを改めて認識させられた。
20年前と言えば、バブル崩壊後だ。バブルがはじけて、これまでみたいに浮かれた感じではいかんぞという雰囲気がありつつ、それでも日本は経済的に右肩上がりで世界の中でも特別な国なんだという自信と誇りがみんなにあった時代なんだろうと思う。

しかし現在は、経済的には長期的に良くなる見込みは全くなく、少子高齢化、国際秩序の中でも置いてけぼりと、「成長」「希望」というキーワードがむしろうそ臭い世の中になってしまった。こうした時代にいかに前向きなアナウンスが可能か、またはそういったアナウンスは必要なのかについて考えさせられる内容になっており、なかなか脳に刺激的な時間を作れたと思う。

5th 5月
2013
written by admin

最近大澤真幸さんの「驚きの中国」という本を立ち読みした。(←買えよ!)
その中で、中国では昔から儒教の考え方によって秩序を保っていたという話が出ていて、その中で「忠」と「孝」の考えについて触れられていた。

「忠」とは、主人に従うこと。「孝」とは親族(主に父親)に従うこと。
で、どちらを優先するか困ったときは「孝」、要するに父親を取るのだそう。
う~ん、日本人かつ現代人の私には、前回「主人に尽くすぞ!」なんて書いてはみたけど、ピンと来ない・・・確かに、日本でも昔は父親には余裕で敬語だったみたいだし、そういうのが根付いている時代もあったんだろうけどねぇ。

現代はなんでそういう発想が消えてしまったんだろう?驚きの中国
もしくは、そういう考え無く社会が回るようになったのだろう。
ひとつは、父親の「父権」とも言うべき強さが無くなったというのが有るのではないだろうか。昔は、父親、要するに大人の男に情報が集まる社会だったわけで、みんな父親の意見に従っているのが生存戦略上有利だった。でも最近は情報は均等化し、かつ変化が激しすぎるので過去の知恵がそのまま活きにくくなった。それで、父権が衰弱したのではないだろうか。

で、そのような社会で我々は幸せなのだろうか。難しい話になりそうなので、これくらいで・・・