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5th 5月
2013
written by admin

最近大澤真幸さんの「驚きの中国」という本を立ち読みした。(←買えよ!)
その中で、中国では昔から儒教の考え方によって秩序を保っていたという話が出ていて、その中で「忠」と「孝」の考えについて触れられていた。

「忠」とは、主人に従うこと。「孝」とは親族(主に父親)に従うこと。
で、どちらを優先するか困ったときは「孝」、要するに父親を取るのだそう。
う~ん、日本人かつ現代人の私には、前回「主人に尽くすぞ!」なんて書いてはみたけど、ピンと来ない・・・確かに、日本でも昔は父親には余裕で敬語だったみたいだし、そういうのが根付いている時代もあったんだろうけどねぇ。

現代はなんでそういう発想が消えてしまったんだろう?驚きの中国
もしくは、そういう考え無く社会が回るようになったのだろう。
ひとつは、父親の「父権」とも言うべき強さが無くなったというのが有るのではないだろうか。昔は、父親、要するに大人の男に情報が集まる社会だったわけで、みんな父親の意見に従っているのが生存戦略上有利だった。でも最近は情報は均等化し、かつ変化が激しすぎるので過去の知恵がそのまま活きにくくなった。それで、父権が衰弱したのではないだろうか。

で、そのような社会で我々は幸せなのだろうか。難しい話になりそうなので、これくらいで・・・

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